(4)誘い方・誘われ方~カベセオ



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今回は、ミロンガで人を踊りに誘うとき・誘われるときに用いる「カベセオ」という作法について解説します。

かなり独特な方法ですが、これが定着しているミロンガはとても心地の良い空間になりますので、ぜひ覚えていただきたいです。

カベセオとは、簡単に言うと「目で誘い合う」行為のことです。
男性が踊りたい女性に視線を送り、女性は(OKであれば)そこに自分の視線を返す、という形で行われます。
二人の視線が合えばカップリング成立で、二人でフロアに出てアブラッソ(抱擁)し、踊り始めます。

カベセオが成立するまでに、特に言葉を交わすことはありません。
タンゴにおいては、誘う、誘われるのに言葉はいらないのです。かっこいいですよね。

原則として、誘うのは男性側から。
男性が視線を送り、女性がそれを受けるか受けないか判断する、という順番です。
最近では「女性からのカベセオもOK」というルールを掲げるミロンガも出てきましたが、そういったアナウンスがない場合は、女性から強い視線を送るのは避けてください。
※この件について文末に補足を書いています。

男性は、あくまで自然な感じで視線を送り、目が合わなければカベセオ不成立だと思って諦めましょう。くじける必要はありません。気楽な気持ちでいていいのです。
絶対にやってはいけないのは、目を合わせる気のない女性の顔を至近距離でのぞきこんだり、近づいて行って正面から見つめたりすること。それは強引な誘いであってカベセオではありません。言うまでもなく、女性の肩を叩いたり腕を引いたりするのも厳禁です。

女性の方は、踊りたいときには男性からの視線をいつでもキャッチできるよう、周囲にアンテナを張った状態でいましょう。
自然と背筋が伸び、顔が上がり、美しい佇まいになっているはずです。


なぜこのような方法をとるのだろうと不思議に思う方もいるかもしれません。
直接声をかけて誘った方が早いじゃないか、という意見もあるでしょう。

しかしカベセオには、主に3つの利点があります。

1つ目は、視線だけのやりとりなので、二人の間の距離が離れていても誘い合いが成立するということ。
近くの人としか踊れない、ということが(理論上は)ないのです。
私がブエノスアイレスに行ったときは、うんと広い会場の、端と端とで視線を合わせる男女を何度も見ました。
ベテランのダンサーほどカベセオも上手く、実にさりげなく、スマートに誘ったり誘われたりしている印象でした。

2つ目は、「男性が恥をかかなくてすむ」ということ。
前述の通り、カベセオで誘いかけるのは男性です。このとき、断られることも当然あります。
もし直接声をかけ、手を差し伸べた状態で断られたらどうでしょうか? ちょっと恥ずかしいですよね。
でもカベセオであれば視線が合わないだけですから、周囲には断られたことがわかりません。
さりげなく視線を他所にやり、次のお相手を探せばいいだけなのです。

そして3つ目、これが大きいのですが、カベセオは「女性が誘いを断りやすい」方法なのです。
女性からよく聞く悩みとして、「男性の誘いを断りづらい」というものがあります。
ミロンガにはいろんな人がいますから、踊りたくない相手は当然います。
また、体調や気分の問題で、「今は座っていたい」というときもあるでしょう。
だけどそういうときでも、男性から直接の声かけで誘われると、女性によってはとっさに断りづらく、ストレスが発生してしまいます。
これがカベセオなら、「視線を合わせない」だけですみます。相手を回避するためのコストが最小限になるわけです。


もともと日本人は気質的に、アイコンタクトに馴染みがありません。
ですから90年代にタンゴを踊る文化が日本に持ち込まれたときも、カベセオはすぐには導入されませんでした。
その後、本場のミロンガを経験した先輩方などいろんな人の努力により、ここ数年でようやくこの作法も広まってきたと感じています。
誘う側・誘われる側の両方を守れて、しかも粋であるカベセオは画期的な作法ですから、ぜひとも広く定着してほしいものです。

初心者の方は、文章で読んでもピンとこないかもしれません。
不安なこと、わからないことがあったらレッスンで遠慮なく聞いてください。カベセオができるようになるとかっこいいですよ。


※補足
現代は、男女の平等性や性の多様性が、充分とは言えなくとも昔より尊重あるいは認知されてきているとの認識です。その観点から考えて「原則として、誘うのは男性側から」というルールは非常にデリケートな部分に触れ得る事柄だと思っています。この世にあるルールには論理的に作られたものもあれば、文化的に作られてきたものもあり、道徳的に作られたものあれば、便宜的に作られたものもあると思っています。「原則として、誘うのは男性側から」というこのルールについては、情緒を含む文化的要素が強く便宜も入っているが、論理性や道徳性には欠ける面があるという理解をしています。
もともと男女のかけひきが強く関わって発展したタンゴというペアダンスも、時代とともに変化してきたことは事実で、これからも変化していくのは当然だと思います。
今のところ、このルールをアルゼンチンタンゴの文化のひとつとして教えていますが、長い目で見たとき、時代の流れに沿って変わっていく可能性もあるだろうなと感じています。



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